本の感想集積所

思い上がった読者が読み終わった後の興奮をぶつける場。※読んで半年ほど咀嚼してから書いています。書くために読み返すことはしていません。※基本的にネタバレへの配慮はしないのでご注意ください。

住野よる また、同じ夢を見ていた

住野よるの作品は読みやすい。

ライトな語り口で気持ちの良い登場人物で、

そして感情を深く揺さぶる大切なテーマがいくつも盛り込まれている。

 


物語としての完成度の高さとは裏腹の読みやすさと、あとは君の膵臓の話題性から住野よるの読者は小説をあまり読まないライトなファン層が多いと思う。

 


おかげでちょっとした悲劇も起きるーーか・く・し・ご・とでは、"自分に向いた矢印は見えないことに、本人が気付いていない可能性がある" という作者の"隠し事"に思い至らない読者が、結局ヅカが好きなのはエルじゃないんだと気が遠くなるような勘違いをしてしまったりする…

 


今作、同じ夢を見ていたは住野よる作品の中で一番好きだ。なのでかくしごとのような悲劇を回避したく、以下にたっぷりネタバレ含んだ解説を展開する。

 

 

 

 


南さんとは

別の世界線における高校生(南高)の奈ノ花

 


小学生奈ノ花が制服の刺繍を見て南さんと勘違いしたが、制服の刺繍は高校の名前。

本人の名前は奈ノ花である。

名乗っていないのに奈ノ花を奈ノ花と認識したのは、授業参観の日に出張で両親が来れなくなり喧嘩したと聞いたところで、それが自分が小学校時代に経験したことだと気付いたから。

高校生奈ノ花の両親は授業参観に来ず、急な出張のため乗った飛行機が墜落し死亡。

小学生奈ノ花の世界線でも同じ飛行機墜落事故は起きているが、小学生奈ノ花の世界線(およびアバズレさんの世界線)では両親はどうにか都合を付けて授業参観に来たため生きている。

南高奈ノ花は家庭にも学校にも居場所が無く、1人の完結した世界を求めて廃屋で1日を過ごし、苛立ちを自分にぶつけることで解消する日々(リストカット)を繰り返していた。

そんな風に行き場を無くした人生の迷子の高校生奈ノ花だから、小学生奈ノ花と出会いが交差した。

 

 

 

アバズレさんとは

別の世界線における大人の女性奈ノ花

 


まず前提として、アバズレさんと南さんの世界線は違う。また小学生奈ノ花や、おばあちゃんの世界線とも違う。これは南さんにもいえることだが。

 


表札が本来ある位置に他者が書き殴ったアバズレという中傷(恐らく春を売るお仕事関係の揉め事の結果か)を見て、奈ノ花はアバズレさんという名前を名乗っているものと勘違いするが、本人の名前は小柳奈ノ花。

 


アバズレさんの人生の行き止まり地点は、恐らく小学生奈ノ花が体験した、荻原君に無視され、桐生君から大嫌いと言われた出来事が最初のきっかけになっているようなので、そこでちょうどいいと周囲との関わりを絶ってしまい、桐生君の味方をやめてしまった(仲直りしなかった)選択により分岐したのがアバズレさんの人生。

 


アバズレさんは本当の袋小路で行き詰まり自殺寸前だった、人生の迷子。

だから小学生奈ノ花に出会った。

アバズレさんは過去の自分とは気付かずに小学生奈ノ花と出会い、彼女を慈しんだ。

自分を肯定的に捉えられること、自分に価値を見出せたことが、アバズレさんの救いになった。

だから小学生奈ノ花が自分だと気付いた後、アバズレさんと奈ノ花は会えなくなる。

アバズレさんにとって、未来の自分かもしれないおばあちゃんが幸せだったというのは大きな希望。

そして小学生奈ノ花と出会って得たものは、人生をやり直すモチベーションであり、決意である。

 


尚、アバズレさんは世界線は違えど、小学生奈ノ花と出会えなかった場合の南さんの未来の姿でもある。

(本を書いていた時期もあったが、見せる相手がいなかったためやめてしまったのくだりより)

 

 

 

おばあちゃんとは

未来の奈ノ花

 


天命を全うするまでの狭間の時間に小学生奈ノ花と出会う。

ほかの奈ノ花が袋小路で人生の終着点に辿り着いていたのに比べ、おばあちゃんは普通の終着点でゴール間近。

特に悩みなど無く、ただただ小学生奈ノ花を慈しむ。

 


おばあちゃん奈ノ花は、今奈ノ花の未来の姿(同じ世界線)ではないかと思う。

根拠は桐生君の絵。

最後のシーンで今奈ノ花にあげている絵こそ、おばあちゃんの寝室に飾られていた絵と思われる。

桐生→きりゅう→kill you→live you、桐生君らしい思考回路であり、ネーミングセンスではないだろうか。

 

 

▼それぞれの時代の奈ノ花たち図解

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尻尾の短い彼女

別々の時代の終着点に立つ奈ノ花たちを、分岐点に立つ小学生奈ノ花に出会わせたのが尻尾の短い彼女。

 


本作の不思議を奈ノ花に提供する小さな魔法使いさんの正体は、どこかの時代で奈ノ花と同居する猫…恐らく今奈ノ花のオス猫(!)ではないだろうか。

いわゆる猫の恩返しというやつだ。

 

とはいえ、奈ノ花たちが出会えたのは彼女たちが同じ夢を見ていたからで、猫の力は背中をとんと押すくらいのささやかな影響力だろう。

 


小学生奈ノ花は彼女を悪女だと思っていたようだが、行動を見るにただのいい女。もといいい男である。

 

 

 

桐生君のお母さんが階段で隠れて泣いていた訳

奈ノ花の桐生君への発言の中でお母さんに刺さったのは、お父さんが泥棒でも、奈ノ花に優しく挨拶してくれたことは変わらない、ましてや桐生君のいいところとは何の関係もないといった部分。

お母さんも桐生君と同じで、お父さんの泥棒事件と恐らくリストラされていた件を知らなかったことで裏切られた悲しい気持ちが強くて、お父さんのいいところをいっぱい知っていることを忘れてしまっていた。それを奈ノ花の言葉で思い出して、悲しみを乗り越えるきっかけを得たのだと思う。

そして息子の良いところもお父さんの良いところも、自分がよく知っているからこそ、自分が息子に伝えるべきだと感じたのだと思う。

 

 

 

荻原君は何がしたかったのか

あくまで恋愛脳な見方になるが、荻原君は小柳さんを孤立させたかったわけではなく、奈ノ花の興味関心を独占したかったのではないかなと。

自分以外に奈ノ花がクラスで喋るのは桐生君だけ。

ライバルとして桐生君を蹴落とそうとしたのでは。

まさか奈ノ花が桐生君を庇うとは思わず、それにより奈ノ花のクラスでの立場が悪化しすぎて、自分まで奈ノ花を無視しなければならなくなるとは思ってもみなかったのでは。

もしそうだとしたら、自分が流した噂によりクラスから孤立したことで、逆に桐生君と奈ノ花がワンセットになってしまったことについて、荻原君の内心の絶望たるや如何に。

 

 

 

 


最後に

本作を貫く大きなテーマはふたつ。

 


幸せとは何か。
そして、人生とは何か。

 


どちらも考えて考えて考えて、今の自分にしか出せない答えを出し続ける。

自分自身に、胸を張って誇れるように。

 


住野よるらしく、小学生の主観でライトな読み心地なのに深淵なテーマに肉薄している。

読後にとても大切なことを得られた感覚がきちんと残る。

間違いなく良作である。